B.B.キングB〜奇跡の再会


バスはシカゴのダウンタウンを回り、
そこから南下してハイドパークへと向かうルートを辿った。
この地区にはシカゴ大学や科学産業博物館がある。
シカゴのサウスはいわゆるゲットー地区で、犯罪も多発しているが、
ハイドパークだけは安心して外を歩けるらしい。

叔母はシカゴに来る前、旦那さんから
「サウスには絶対に行ってはいけない。」と忠告を受けた。
なぜなら、たまたまこちらに来る2週間前に
シカゴを紹介する番組を二人で見ていて、
不安を掻き立てるような映像を見たからだと言う。

叔母は以下のように説明してくれた。
「その番組はモノクロの映像から始まったのよ。
テレビが壊れたのかと思って他のチャンネルを回したぐらいよ。
場所はシカゴのサウスだと言っていた。
そこは見るからに貧しそうな地区で、黒人たちがたくさん映っていたの。
画面が白黒で暗かったせいもあって、危険な場所だと思ったわ。

そうしたら次にダウンタウンの北にあるレイク・ミシガン近くの公園が映り、
なぜかいきなりカラーになったのよ。
とてもきれいな映像で、明るい印象を受けたわ。
その番組を見てからよ。サウスが危ないと思うようになったのは。」

私はそれを聞いて「なぜ白黒なの?差別じゃない?」
と憤りを感じながら答えたが、
叔母にはその意味がよくわからなかったようだ。
叔母の旦那さんは
「モノクロ映像は一種のファッションじゃないか」と解釈したらしいが、
彼がそこを危険だと強く認識したことは事実である。

ハイドパークに入ったら閑静で美しいただずまいを叔母に見てもらい、
サウスのマイナス・イメージを払拭してもらうつもりでいたが、
叔母は終始バスのシートに身をうずめ、すやすやと眠っていた。
思わず身体を揺すって起こした時は、
すでにバスは最終目的地であるミシガン湖のほとりに来ていた。

「あら、きれいな湖ね!もうおしまいなの?」
悲しいかな、叔母の感想はこの一言だけだった。
我々は外に出て、ダウンタウンの高層ビル群をバックに記念撮影をしたが、
あまりの寒さに10分と外にいられず、
すぐバスの中に戻った。

私が前回このツアーに参加した時は、
眠気が強く、まどろみながら外の景色を眺めていたが
今回は、睡魔に襲われることもなくツアーを終えることができた。
今度いつ見られるかわからないシカゴの街並みを
しっかりと脳裏に焼き付けておきたいという気持ちが働いたからだろう。

パーマー・ハウス・ヒルトンの前で私達はバスを降りた。
お腹がすいたのでパンでも買って帰ろうということになり、
目の前の四つ角に大きいパン屋さんを発見したので、
これ幸いと中に入ったが、どれも大きくて硬そうなパンばかりだったので、
食べたいという意欲が一気に削がれてしまい、
結局私たちは何も買わず無言で店から立ち去った。

私はBBにプレゼントする花を買いたかったので、
再びパーマー・ハウス・ヒルトンのロビーに戻って、
そこにあるカクテル・バーで働いていた男性数人に対し、
「すみません・・・この近くにお花屋さんはありますか?」と尋ねた。
そうしたらみんなが一斉に
「あるある。このホテルの裏の通りにあるよ」と指をさしながら教えてくれたので、
我々はすぐそこへ向かった。

そのお店はこじんまりとして花の種類も少なかったが、
大きなバラの花があったので、
深紅のバラ1本とかすみ草をアレンジしてもらい、
心ばかりの花束を作ってもらった。
そこで叔母がまた店員さんに一言付け加えた。
「今晩、B.B.キングにあげるんですよ〜」
するとラッピングしていた女性が
「まぁ!そうなんですか?」
と驚きながら微笑んだ。

出来上がった花束にはグリーンのリボンが付けられ、
私はそれを心弾ませながら受け取った。
私自身、花が大好きで
どんな小さな花でも手に持っていると幸せな気持ちになる。

お店を出たらマクドナルドの看板が目に入ったので
そこで遅い昼食をとることにした。
ところが、店内にはわずかな椅子しかなく、若者が数人座っていて
ゆっくり落ちついて食べられる状況ではなかったので
テイク・アウトしてホテルで食べることになった。

「あとは部屋でくつろぎながら今晩のライヴに備えようね」と叔母に話し、
タクシーを拾ってようやく帰路につく。
程なくしてハウス・オブ・ブルース・ホテルに到着し、
私は慌てて料金を手渡した。
「おつりはいりませんから」と言って車から降りようとした時、
運転手さんは何やら不満げな顔で捨てゼリフを言ったのである。

ドアが閉まりタクシーが去って行くのを見ながら、
私は叔母に尋ねた。
「ねぇ、さっきの運転手さん、日本人はケチだって言ってなかった?
20円ぐらいだったけどおつりは要らないって言ったのに・・・」
そうしたら叔母が「あなた、チップを渡した?」と聞いてきたので、
私は、「あっ!! チップをあげてなかった。
あ〜悪かったね・・・だからふてくされていたんだね」と納得する。

そんな会話をしながらホテルの出入り口に向かって歩き、
「ハウス・オブ・ブルース」の外観を眺めようとした、その時である。

突如黒塗りのリムジンが出現し、
ローターリーに滑り込んでくるのが見えた。
最初はぼんやりとリムジンを目で追っていたが、
ハッとして頭の中で鐘が鳴り、
「きっとBBだわ!」と直感した。

私は叔母に「あのリムジンにはBBが乗っているかもしれない」と告げ、
二人で車の主が降りてくるのを待った。

まず先に大柄な強面の男性が、
サッと車から降りてきて
折りたたんであった車椅子を広げた。
その時に私は確信したのだ。
「BBが降りてくる」と。

すると黒いコートを着てハンチング帽をかぶった男性が
ゆったりとした足どりで車から降りてくるのが見えた。
「やっぱり!BBだ〜!!」

この時の気持ちをどう表現したらいいのだろう。
身体中が熱くなって心の中で何回もBBの名前を呼び、
信じられない奇跡の遭遇を目の当たりにして、
茫然としながらも「これは神様がくれたチャンス」
と意気込む自分がそこにいた。

私がおもむろにバックからビデオカメラを取り出し
車椅子に座ったBBを撮影し始めると、
たまたまそばを通りかかった二人の女性がBBに気づき、
握手を求めに行った。
彼女たちが代わる代わる彼の頬にキスする様子を
私は5メートルぐらい離れたところからジッと見つめ、チャンスをうかがった。

彼女たちが立ち去るやいなや、私は叔母にカメラを渡し
「おねがい。ビデオを撮るのは初めてだよね。
ここの画面を見ながら写してもらえる?」と言い残して、
一人でBBに近づいて行った。

その時、車椅子を用意したボディ・ガードとおぼしき人がカメラに気がつき、
叔母に向かって「写すな!」という意味の
恐いジェスチャーをした。
ひるんだ叔母は思わず手にしたビデオカメラを下に向け、
私はその恐ろしい手振りを見て震えあがりながらも
BBに「ハロー」と笑顔で話しかけたのである。

不思議なことに、全く緊張はしていなかった。
BBに向かって
「私はあなたの大ファンなんです。
遠く日本からあなたのライヴを見るために今日、シカゴに来ました。
この花束はあなたの為に買ったんですよ!」
とたどたどしい英語で一生懸命伝えると、
BBの顔が輝き、
「カモン!」と言って大きく手を広げてくれた。
私は吸い込まれるようにBBの傍に寄り、
「あなたに会えて本当に嬉しいです」
と感極まりながら告げると、BBは優しい笑みを浮かべながら
「ここ、ここ」と自分の頬を指さしたのだ。

その時の甘えた表情やジェスチャーが3年前と全く同じだったので
「あ〜間違いなくBBだ!」と愛しさが込み上げてきて、リクエストに快く応じた。
こんな時、私は日本とアメリカの文化の違いをひしひしと実感する。
彼らは女性に対して自分の気持ちをことのほか自然に、
それもストレートに表現する。
「受け入れられなかったらどうしよう」などとは考えない。
そうした直情型とも言える情熱は彼らの音楽に強く反映されている。

そのうちBBが「ここに頭をつけて」と言いながら
自分の肩をポンポン叩いたので、私は意味がわからずキョトンとしていると、
「ここに頭をつけてもたれかかっていいんだよ!」と付け加えてくれた。

私が喜んでBBの肩に頭をのせると、
BBはカメラのレンズを地面に向けながら立ち尽くしている叔母に向かって
こう言ったのだ。
「さぁ、こっちへ来て下さい!カメラを回していいですよ!」
私は、思ってもみなかったBBの心遣いにドキッとした。
まさかそこまでしてくれるとは!
BBは「キング」であるにもかかわらず、
まわりに対する配慮、気配りに余念がない。
BBが人格者だと言われる所以はそこにあるのだろう。
ボスであるBBのお達しには誰も逆らえないので、
叔母は安心しながらカメラのレンズをこちらに向けることができたのだ。

私はもっとBBと一緒にいたかったが、
これ以上引き留めてしまっては申し訳ないと思い、
「今晩必ずライヴを見に行きます。
そしてこの花束をあなたにプレゼントしますから!」
と言ってその場を離れようとした。

するとBBが大きな手をすっと私に差し出した。
私の手はBBの柔らかくて大きい手にすっぽり包まれ
ついに、またあの優しい温もりを感じることができたのである。

「ライヴで会いましょう」とお互い言葉を交わしながら
BBがホテルの中に入り、エレベーターの中に消えて行くのを
私は後ろから見守った。

ドアが閉じて現実の世界に引き戻された私は、
叔母に向かって
「ねぇ!スゴイ!BBだったね!
BBだったよ〜!
こんなことってあるんだね・・・ 
気持ちが通じたのかな?
今、心の底から感激してる!」
と興奮しながら言うと、
「よかったわね!まさかここで会えるとは思わなかったわね〜。」
と一緒に喜びを分かち合ってくれた。

まさしくこれは奇跡の出会いだった。
私たちがホテルに着いてからBBのリムジンが到着するまで
時間にして30秒ぐらいだったように思う。
その日の行程全てがBBと会うためのものだったのだ。
まるでページをめくるように、
BBは突然私たちの目の前にその姿を現したのである。

BBとは魂がどこかでつながっているのかもしれない。
私は神様が用意してくれたサプライズにひたすら感謝した。


★今日はB.B.キングの82歳のお誕生日です。
  Happy birthday my dear BB !!   I hope everythig is well with you.



<07・9・16>